生成AIユースケース選定の進め方|FDEが使う優先度評価と5つの手順

- 1. 業務観察とヒアリング現場担当者の作業に同席し、時間がかかる作業や属人化した作業を特定する(成果物:業務フロー図と課題リスト)
- 2. ユースケース候補の洗い出し課題リストを要約・分類・抽出・下書き生成などの処理の型に翻訳する(成果物:候補一覧)
- 3. 評価と優先順位付け3軸で採点し、2×2マトリクスに配置する(成果物:優先順位付きのユースケース一覧)
- 4. 検証設計使うデータ、評価用テストケース、成功基準、検証期間を定義する(成果物:PoC計画書)
- 5. 関係者合意業務オーナー、情報システム部門、法務・セキュリティ担当と判定基準とリスク対応方針を合意する(成果物:合意済みの実行計画)
- 文書の要約・分類・下書きなど、出力を人が確認しやすい業務
- 社内規程やマニュアルなど、参照データが揃っている問い合わせ対応
- 同じ形式の作業が繰り返され、改善効果を測定しやすい業務
- 誤りが重大な損害につながる最終判断を、人の確認なしに任せる業務
- 根拠となるデータや文書が社内に存在しない業務
- ルールで完全に記述でき、従来型のプログラムで足りる業務
生成AIのユースケース選定で失敗する原因は?
生成AIのユースケース選定は、技術起点で選ぶこと、評価軸が曖昧なまま始めること、この2つで失敗しやすくなります。
生成AIの導入プロジェクトでは、「とりあえずPoC(概念実証)をやってみたが、本番に進めなかった」という話をよく聞きます。Gartnerは2024年7月の発表で、「生成AIプロジェクトの少なくとも30%は、2025年末までにPoC後に放棄される」と予測しました。主な理由には、データ品質の低さ、リスク管理の不備、コストの増大、ビジネス価値の不明確さが挙げられています(出典:Gartner プレスリリース、2024年7月29日)。この理由のうち「価値の不明確さ」は、多くの場合ユースケース選定の段階で決まってしまいます。
技術起点で選ぶと「使われないAI」になる
「最新のLLMで何かできないか」から始めると、業務課題と結びつかないユースケースが選ばれやすくなります。
よくあるのが、チャットボットや社内文書検索(RAG)を「生成AIらしいから」という理由で最初のテーマにするケースです。デモの評判は良いのに、現場の業務フローに組み込まれていないため、数か月で利用が止まってしまいます。FDE(Forward Deployed Engineer)の現場感覚では、「誰の、どの作業の、何分を減らすのか」を一文で言えないユースケースは、選定の段階で一度保留にしたほうが安全です。
評価軸がないと声の大きい部署の案が通る
評価軸を事前に決めておかないと、優先順位は政治力で決まり、成果の出にくいテーマに予算が集まります。
ユースケースの洗い出しワークショップでは、数十件の候補が出ることも珍しくありません。比べる物差しがないままだと、役員の関心が高いテーマや、要望を強く出した部署の案が優先されがちです。失敗パターンを整理すると次のとおりです。
| 失敗パターン | 典型的な症状 | 選定段階での予防策 |
|---|---|---|
| 技術起点 | デモは好評だが業務で使われない | 業務課題と削減対象の作業を先に特定する |
| 評価軸の不在 | 優先順位が社内政治で決まる | 評価軸と重みを候補出しの前に合意する |
| データ未確認 | PoC開始後にデータが使えないと判明する | 選定時にデータの所在・権限・品質を確認する |
| 成功基準の不在 | PoCの成否を誰も判断できない | 本番移行の判定基準を事前に数値で定義する |
| 運用設計の欠落 | PoC後に保守の担い手がいない | 業務オーナーと運用体制を選定時に指名する |
生成AIユースケースの評価軸と優先順位の付け方は?
まず「事業インパクト」と「実現可能性」の2軸で評価し、リスクで足切りしてから優先順位を決めるのが基本です。
評価軸を増やしすぎると点数付けが形だけになります。そのため、FDEが現場で使う枠組みはシンプルに保たれることが多いです。ここでは、実務でよく使われる評価軸と、優先順位の付け方を整理します。
事業インパクト・実現可能性・リスクの3軸で評価する
候補は「価値・実現性・リスク」の3軸で評価し、リスクは加点ではなく足切りの条件として扱います。
| 評価軸 | 主な観点 | 確認する問い |
|---|---|---|
| 事業インパクト | 削減工数、売上貢献、品質向上、対象人数 | 成功したら、誰の何がどれだけ変わるか |
| 実現可能性 | データの有無と品質、システム連携、生成AIとの相性 | 今あるデータとシステムで3か月以内に動かせるか |
| リスク | 誤回答の影響度、個人情報・機密情報、規制対応 | 誤った出力が業務や顧客にどんな影響を及ぼすか |
| 定着性(補助軸) | 業務オーナーの有無、現行フローへの組み込みやすさ | 本番化した後、誰が使い続け、誰が改善するか |
事業インパクトと実現可能性は、5段階などで相対評価します。一方でリスクは「許容できるか/できないか」で判定し、許容できない候補はスコアが高くても後回しにします。実務では、この扱い分けが議論の混乱を防ぎます。
2×2マトリクスで「最初の1件」を決める
インパクトと実現可能性の両方が高い「クイックウィン」から始め、社内に成功事例を作るのが定石です。
| 区分 | 事業インパクト | 実現可能性 | 推奨アクション |
|---|---|---|---|
| クイックウィン | 高 | 高 | 最優先でPoCに着手する |
| 戦略テーマ | 高 | 低 | データ整備や連携基盤の準備を並行して進める |
| 小さな改善 | 低 | 高 | 現場の自主的な活用やSaaS導入で対応する |
| 見送り | 低 | 低 | 現時点では着手しない |
FDEの立場から付け加えると、最初の1件は「インパクト最大」より「確実に本番まで到達できること」を重視したほうが、結果として全体の進みが速くなる傾向があります。最初の成功事例が社内の信頼を生み、その信頼がデータ提供や部門間調整を進めやすくするからです。
FDEはユースケース選定をどの手順で進めるのか?
FDEは「業務観察→候補の洗い出し→評価→検証設計→合意」の5つの手順で、現場に入り込んで選定します。
Palantirが広めたFDEという職種の特徴は、顧客の現場に常駐に近い形で入り込み、課題の発見から実装までを一貫して担う点です。ユースケース選定でも、会議室で要望を聞くだけでなく、実際の業務を観察して、構造的なボトルネックを見つけることを重視します。
5つの手順と各手順の成果物
各手順で成果物を明確にしておくと、選定プロセスが属人化せず、意思決定者への説明もしやすくなります。
- 業務観察とヒアリング:現場担当者の作業に同席し、時間がかかっている作業、判断が属人化している作業、繰り返し発生する作業を特定する。成果物は業務フロー図と課題リスト。
- ユースケース候補の洗い出し:課題リストを「生成AIで解ける形」に翻訳する。要約、分類、抽出、下書き生成、検索、対話など、生成AIが得意な処理の型に当てはめる。成果物は候補一覧。
- 評価と優先順位付け:前章の3軸で採点し、2×2マトリクスに配置する。成果物は優先順位付きのユースケース一覧。
- 検証設計:上位の候補について、使うデータ、評価用のテストケース、成功基準、検証期間を定義する。成果物はPoC計画書。
- 関係者合意:業務オーナー、情報システム部門、法務・セキュリティ担当と、判定基準とリスク対応方針を合意する。成果物は合意済みの実行計画。
手順1と手順4に時間をかける理由
FDEが最も時間をかけるのは業務観察と検証設計です。ここを省くと、PoCの成否が判断できなくなります。
ヒアリングだけでは、担当者自身が「当たり前」と思っている非効率は表に出てきません。たとえば、複数のシステムから情報を転記する作業や、過去の対応履歴を探す作業は、実際に隣で見て初めて規模が分かることが多いです。
検証設計で特に重要なのは、評価用データセット(想定入力と期待される出力の組)を、業務担当者と一緒に作ることです。生成AIの出力品質は「なんとなく良い」で判断されがちです。業務担当者が合格と判断する具体例を先に揃えておくと、PoC後の判定が客観的になります。ここは一次体験としても、選定の成否を分けるポイントだと感じる場面が多い工程です。
選定した生成AIユースケースをPoCから本番化するには?
本番化するには、PoCの開始前に「移行の判定基準」「運用体制」「コストの見通し」の3点を決めておくことが前提です。
PoCが「検証のための検証」で終わる原因の多くは、PoCの設計段階で本番の姿を描いていないことです。FDEは、PoCを本番化への最初の段階として設計します。
PoCの段階から本番の判定基準を決めておく
判定基準は「精度」だけでなく「業務時間の削減」「利用率」「運用コスト」を組み合わせて設定します。
| 判定項目 | 評価の観点 | 設定時の注意点 |
|---|---|---|
| 出力品質 | 評価用データセットでの合格率 | 合格の基準は業務担当者が決める |
| 業務効果 | 対象作業の所要時間の変化 | 導入前の所要時間を事前に計測しておく |
| 利用状況 | 対象ユーザーの継続利用 | 一度きりの試用と継続利用を区別する |
| コスト | API利用料・インフラ費・保守工数 | 本番の想定利用量で試算する |
| リスク対応 | 誤出力時の検知と人によるレビュー手順 | 人が最終確認する箇所を明示する |
数値目標の水準は、業務の性質や現在の作業時間によって大きく変わります。そのため、一律の目安を当てはめるより、導入前の実測値を基準に業務オーナーと合意するのが現実的です。
本番化で求められる運用設計
本番化した後は、プロンプトやモデルの更新、出力の監視、利用者からのフィードバック対応を誰が担うかを決める必要があります。
生成AIのアプリケーションは、一度作れば終わりではありません。基盤モデルのバージョンアップで出力の傾向が変わることもあり、業務ルールの変更に合わせてプロンプトや参照データを更新する必要もあります。FDEは本番化の時点で、次の体制を整えてから手を離すことを目指します。
- 業務オーナー:出力品質の最終判断と、改善要望の優先順位付けを担う
- 運用担当:ログ監視、評価用データセットでの定期的な回帰テスト、障害対応を担う
- ガバナンス担当:利用規程、データの取り扱い、監査対応を担う
FDEが常駐し続けなくても回る状態を作れるかどうかが、本番化の成否を左右します。
生成AIに向かないユースケースの見分け方は?
出力の誤りが許されない、判断根拠の説明が必須、ルールで解ける、のいずれかに当てはまる場合は向かない可能性が高いです。
生成AIのユースケース選定では、「何をやるか」と同じくらい「何をやらないか」の判断が大切です。向かないテーマを早めに外せば、限られたリソースを価値の高い候補に集中できます。
生成AIに向かない業務の4つの特徴
確率的に出力が変わる生成AIの性質と、業務が求める確実性が合わない場合は、別の手段を検討します。
| 特徴 | 具体例 | 代わりに検討する手段 |
|---|---|---|
| 誤りが一切許されない | 金額の確定計算、法的に確定させる判断 | ルールベースのシステム、人による判断 |
| 判断根拠の厳密な説明が必須 | 与信判断、採否の最終決定 | 説明可能な統計モデル+人の判断 |
| ルールで完全に記述できる | 定型の条件分岐、固定フォーマットの変換 | 従来型のプログラム、RPA |
| 入力データが存在しない・取得できない | 記録されていない暗黙知に依存する判断 | まずデータ化・記録の仕組みづくり |
ただし、「全体としては向かない」業務でも、その一部の工程には生成AIを使える場合があります。たとえば与信判断そのものは人が行い、判断材料となる書類の要約や不足情報の指摘に生成AIを使う、といった分け方です。
向き不向きを判断するチェックリスト
業務を工程単位に分解し、各工程に「人が最終確認できるか」を問うと、向き不向きを判断しやすくなります。
選定時にFDEが確認する問いをまとめます。
- 出力に誤りがあったとき、業務の流れの中で人が気づいて修正できるか
- 「8割の品質の下書き」でも業務時間の短縮につながるか
- 入力となるデータは、権限上・技術上アクセスできる状態にあるか
- 同じ処理を従来型のプログラムで実装した場合と比べて、生成AIを使う理由を説明できるか
- 誤出力が顧客や取引先に直接届く構造になっていないか
1・2・3に「はい」、5に「いいえ」と答えられ、4の理由を説明できる業務は、生成AIのユースケースとして有力な候補です。反対に、5が「はい」になる業務は、人によるレビュー工程を挟む設計にできるかどうかを先に検討するのが無難です。
ユースケース選定は、FDEの仕事のなかでも「技術」と「業務理解」の両方が問われる工程です。FDEを目指すエンジニアにとっては、モデルやツールの知識に加えて、現場の業務を観察し、評価軸を使って関係者の合意を作る経験が、そのままキャリアの強みになります。





