コンテキストエンジニアリングとは?FDEが現場で使う設計手順と実践法

- 一回の指示文の書き方を最適化する
- 主な対象はシステムプロンプトと例示
- 単発の質問応答に向いている
- 推論ごとに渡す情報全体を設計する
- 対象は指示・検索結果・ツール・会話履歴・記憶
- 複数ステップで動くAIエージェントに向いている
- 業務と判断ポイントの特定顧客の現場でAIに任せる意思決定を洗い出す
- 必要な情報源の棚卸し業務DB・文書・オントロジーから参照すべき情報を特定する
- 取得と圧縮の設計検索・要約・フィルタで高シグナルな情報だけを渡す
- ツールと権限の定義呼び出せる操作を絞り、説明を明確に書く
- 評価と改善実データで出力を検証し、コンテキストを調整し続ける
コンテキストエンジニアリングとは何か?
コンテキストエンジニアリングとは、LLMが次の一手を正しく判断できるように、渡す情報全体を設計・管理する技術です。
生成AIを業務で使うと、「同じモデルなのに、ある現場ではうまく動き、別の現場では使えない」という差がよく出ます。この差を生むのは、モデルの性能よりも「モデルに何を見せているか」であることが多いです。コンテキストエンジニアリングは、この「見せ方」を属人的なコツで終わらせず、設計の対象として扱うための考え方です。
定義と言葉が広まった経緯
2025年半ばにAndrej Karpathy氏らの発信で広まった、文脈全体を設計の対象にする考え方です。
元OpenAIのAndrej Karpathy氏は2025年6月、X上で「prompt engineering」より「context engineering」という言葉を支持すると投稿しました。その中で、次のステップに必要な情報だけをコンテキストウィンドウにちょうどよく詰める「繊細な技術であり科学」だと説明しています。同じ時期にShopify CEOのTobi Lütke氏も同じ趣旨の発信をしており、言葉が一気に広まりました。
その後、Anthropicは2025年9月に技術ブログ「Effective context engineering for AI agents」を公開しました。この記事では、コンテキストを「有限の資源」として扱い、望む振る舞いを引き出せる最小限で密度の高い情報を選ぶことが重要だと整理しています。
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | LLMに渡すトークン全体(指示・知識・ツール定義・履歴など) |
| 目的 | 次の判断や行動に必要な情報を、過不足なく渡すこと |
| 主な提唱・整理 | Andrej Karpathy氏(2025年6月)、Anthropic技術ブログ(2025年9月) |
| 前提 | コンテキストは有限で、量を増やすほど良くなるとは限らない |
なぜ今FDEにとって重要なのか
AIエージェントの業務導入が進み、精度の差がモデルの性能より「何を渡すか」で決まる場面が増えたためです。
FDE(Forward Deployed Engineer)は顧客の現場に入り込み、プロダクトを顧客の業務に合わせて動く状態にする職種です。Palantirで確立されたこの働き方では、汎用的な製品と個別の業務のあいだを埋めることが中心的な価値になります。生成AIの時代では、このあいだを埋める作業の多くがコンテキストの設計そのものになります。顧客固有の用語、例外ルール、社内システムの仕様といった「暗黙知」をAIが扱える形にすることは、FDEの職務と強く重なります。
プロンプトエンジニアリングとの違いは?
プロンプトエンジニアリングは指示文の工夫、コンテキストエンジニアリングは指示を含む情報環境全体の設計です。
違いは設計の「単位」にあります。プロンプトエンジニアリングは、1回の入力文をどう書くかに注目します。一方、コンテキストエンジニアリングは、複数のステップをまたいで、何をいつ、どの形でモデルに渡すかという仕組み全体を扱います。
対象範囲と時間軸の違い
プロンプトは一回の入力文が対象ですが、コンテキストはエージェントが動くあいだ続く情報の流れ全体が対象です。
| 比較項目 | プロンプトエンジニアリング | コンテキストエンジニアリング |
|---|---|---|
| 設計の単位 | 1回の指示文 | 複数のターンやステップを通じた情報の流れ |
| 主な対象 | 言い回し、例示、役割設定 | 指示、検索結果、ツール、記憶、履歴、出力形式 |
| 典型的な用途 | 単発の生成・要約・分類 | 複数ステップを自律的に進めるAIエージェント、業務システム連携 |
| 改善の手段 | 文面の書き換え | 情報の選別・圧縮・構造化・取得タイミングの設計 |
| 担い手のスキル | 文章力、モデルの癖の理解 | 業務理解、データ設計、ソフトウェア実装、評価設計 |
プロンプトの工夫が無駄になるわけではない
指示文の書き方は今もコンテキストの重要な一部です。上位の概念に含まれたと捉えるのが実務的です。
「プロンプトエンジニアリングは終わった」という言い方を見かけることがありますが、現場の感覚としては言い過ぎでしょう。システム指示の明確さや具体例の選び方は、今でも出力の質を大きく左右します。変わったのは、指示文だけを磨いても限界があり、周辺の情報設計と組み合わせて初めて安定するという認識が広がったことです。
コンテキストエンジニアリングの構成要素は?
主な構成要素は、システム指示・知識・ツール・記憶・会話履歴・出力形式の6つに整理できます。
分け方は論者によって少しずつ異なります。ここでは、FDEが顧客環境で設計を分担・点検しやすい粒度で6つに分けています。
6つの要素と役割
各要素は役割が異なるため、要素ごとに「何を入れ、何を入れないか」を決めることが設計の出発点になります。
| 構成要素 | 役割 | 現場での具体例 | 設計上の注意 |
|---|---|---|---|
| システム指示 | 役割・方針・制約を定める | 「問い合わせ一次回答担当。返金判断はしない」 | 細かすぎる条件分岐を書き込みすぎない |
| 知識(検索・RAG) | 判断の根拠になる情報を渡す | 社内規程、製品マニュアル、過去の対応記録 | 関連度の低い文書を混ぜない |
| ツール | 外部システムの参照・操作を可能にする | 在庫API、CRM検索、チケット起票 | 機能が重なるツールを並べない |
| 記憶 | セッションをまたいで情報を保持する | 顧客ごとの前提、進行中タスクのメモ | 古い情報の更新・破棄ルールを決める |
| 会話履歴 | 直近のやり取りの流れを保つ | 確認済みの条件、ユーザーの訂正 | 長くなったら要約して圧縮する |
| 出力形式 | 後続処理が扱える形にそろえる | JSONスキーマ、帳票フォーマット | 下流のシステムと仕様を合わせる |
ツール接続については、Anthropicが2024年11月に公開したModel Context Protocol(MCP)のように、外部データやツールをLLMにつなぐための標準仕様も広がっています。接続の方式がそろうことで、FDEは「つなぎ方」より「何をつなぐべきか」の判断に時間を使えるようになります。
「足す」より「絞る」が効く理由
コンテキストは有限の資源です。情報を詰め込みすぎると重要な指示が埋もれ、精度が落ちやすくなります。
2023年に発表された論文「Lost in the Middle」(Liuら)は、長いコンテキストの中ほどに置かれた情報をLLMが活用しにくい傾向を報告しました。Anthropicの前述のブログも、トークンが増えるほど情報を正確に思い出しにくくなる現象に触れ、注意を向けられる量には限りがあるという前提に立っています。
現場では「念のため全部入れておこう」という判断になりがちですが、実務ではそれが逆効果になる場面をよく見ます。次の3つは、まず試す価値のある手法です。
- 選別:そのステップの判断に使わない情報は渡さない
- 圧縮:長い履歴や文書は要約し、要点だけを残す
- 遅延取得:最初から全部を渡さず、必要になった時点でツール経由で取りに行かせる
FDEは顧客現場でどう実装するのか?
FDEは顧客の業務を観察して判断に必要な情報を洗い出し、小さく作って現場で検証する作業を繰り返して実装します。
机の上で設計を完成させてから持ち込むより、現場の担当者の隣で動かしながら直すほうが、結果的に早く精度が上がることが多いです。FDEという職種が「現場に常駐すること」を重視する理由は、ここにもあります。
現場で使う5ステップの設計手順
業務の判断ポイントを特定し、必要な情報を洗い出し、実装・評価・運用の順に進めるのが基本形です。
| ステップ | やること | 成果物 |
|---|---|---|
| 1. 業務観察 | 担当者が何を見て、何を判断しているかを記録する | 判断ポイントの一覧 |
| 2. 情報の棚卸し | 判断ごとに必要な情報の所在・鮮度・形式を確認する | 情報ソースの対応表 |
| 3. コンテキスト設計 | 6要素への割り当てと、渡すタイミングを決める | 設計メモ、システム指示の初版 |
| 4. 評価セット作成 | 実際の案件から正解付きのテストケースを作る | 評価用データと採点基準 |
| 5. 現場検証と改善 | 担当者と一緒に誤りを分析し、コンテキストを直す | 改善履歴、運用ルール |
特に効くのはステップ1と2です。担当者に「何を見て判断していますか」と聞いても、暗黙知は言葉になりにくいものです。実際の作業画面を一緒に見て、参照している画面や資料を一つずつ確かめると、AIに渡すべき情報の候補が見えてきます。
Palantir AIPに見るオントロジーという発想
Palantirは業務データをオントロジーとして構造化し、AIに渡す文脈の土台にする設計を採っています。
Palantirは2023年にAIP(Artificial Intelligence Platform)を発表しました。その中核にあるのが「Ontology(オントロジー)」です。Ontologyは、顧客企業のデータを「設備」「受注」「出荷」といった業務上のオブジェクトと、それらの関係・実行できるアクションとして表現します。LLMは、ばらばらの生データではなく、業務の意味が付いた構造を通じて情報を参照・操作します。
この発想はPalantir製品を使わない場合にも参考になります。「どの表のどの列か」ではなく「業務上の何についての情報か」でコンテキストを組み立てると、AIの判断が業務の言葉と一致しやすくなります。FDEが現場で最初に作るべきものは、プロンプトより先に、この業務の語彙と構造の整理なのかもしれません。
現場でつまずきやすいポイント
失敗の多くは、モデルの能力不足ではなく、情報の鮮度・権限・用語のずれから生まれます。
| つまずき | 起きること | 対策の方向性 |
|---|---|---|
| 古い文書の混入 | 改訂前の規程に基づいて回答する | 文書に版と有効期限を持たせ、検索で絞り込む |
| 社内用語のずれ | 部署ごとに意味が違う言葉を取り違える | 用語集をコンテキストに含め、定義を明記する |
| 権限の考慮漏れ | 閲覧権限のない情報を回答に含める | 利用者の権限に応じて取得する範囲を制御する |
| ツールの過多 | 似たツールを選び間違える | ツールの数を絞り、説明文で使い分けを明確にする |
| 評価の不在 | 改善したつもりが別のケースで悪化する | 変更のたびに同じ評価セットで比較する |
コンテキストエンジニアリングを身につけるには?
まず自分の業務で小さなエージェントを作り、評価と改善を回す経験を積むのが最短ルートです。
コンテキストエンジニアリングは、知識として読むだけでは身につきにくい技術です。情報を減らしたら精度が上がった、要約したら重要な条件が消えた、といった体験を自分の手で重ねることで、判断の勘所が育ちます。
段階別の学習ロードマップ
指示文の設計から始め、検索・ツール連携を経て、最後に評価と運用設計まで広げる3段階が目安です。
| 段階 | 目標 | 取り組みの例 |
|---|---|---|
| 基礎 | 指示と出力形式を安定させる | 自分の定型業務を1つ選び、システム指示と出力スキーマを設計する |
| 応用 | 外部の知識とツールをつなぐ | 社内文書の検索(RAG)やMCPでのツール接続を試し、渡す量を調整する |
| 実践 | 評価と運用まで設計する | 評価セットを作り、変更前後を比較する。記憶と履歴の圧縮ルールを決める |
一次情報としては、Anthropicの技術ブログやドキュメント、各LLMベンダーのエージェント構築ガイドが有用です。用語や推奨手法の更新が速い分野なので、二次情報だけでなく発信元の資料に当たる習慣をつけておくと安心です。
評価(Evals)を習慣にする
改善できたかどうかは感覚ではなく評価セットで判断します。変更のたびに同じ問いで比較する習慣が重要です。
コンテキストを少し変えただけで、別のケースの挙動が変わることは珍しくありません。実務の評価セットは最初から大規模である必要はなく、実際の案件から典型的なケースと失敗しやすいケースを集めた小さなセットでも十分に役立ちます。顧客の担当者に採点基準づくりに加わってもらうと、「何をもって正しいとするか」の認識合わせにもなります。
企業側が身につけた人材を見極める観点
FDEの採用・育成を検討する企業は、情報設計の判断理由を説明できるかどうかを確認すると見極めやすくなります。
「どのプロンプトを書いたか」より、「なぜその情報を渡し、なぜ別の情報を外したか」「どう評価して改善したか」を説明できるかどうかが、現場で通用するかの目安になると考えられます。FDE導入を検討する意思決定者にとっては、面談でこの説明を求めること自体が、コンテキストエンジニアリングの実力を測る現実的な方法の一つでしょう。





